少数色覚とは?

 

色覚のちがい

地球に住む私たちは、太陽からの光を受けて明るさを得ます。
暗いと色を感じることは難しくなりますが、明るいと鮮やかに色彩を感じることができます。
この光というのは電磁波の一つで、物体に当たって電磁波が反射したエネルギーを目の奥にあるセンサー細胞(錐体細胞という)が感じ、脳へ信号が送られます。
多くのヒトは錐体細胞を3種類持っています。
それぞれ強く反応する電磁波の波長を持っているため、それぞれから異なった信号が脳へ送られます。
脳は、その信号のちがいから「色」を作りだすのです。
これがおおまかな色覚の仕組みです。
生物により、錐体細胞の種類の数や強く反応する波長も異なるため、ヒトが見ている色を他の生物が同じように感じているとは限りません。色覚だけでなく、視野や視力も異なるため見え方は大きく異なります。しかし、その見え方がそれぞれの生物にとって最適に調節されていると言えるのです。

 

色覚多様性

近年、研究により、ヒトや一部の霊長類に色覚の多様性があることが具体的に明らかになってきました。
基本的に3種類錐体細胞を持っていますが、1種類や2種類の人もいます。色覚のタイプが一つではないのです。
新世界ザルに区分される霊長類にも同じような多様性があることがわかってきたのです。
ヒトに限って考えると、1種類の人(医学用語で「1色型色覚」という)、2種類の人(同「2色型」)、また3種類だけど多くの人とは異なった感度を持つ人(同「異常3色型」)があり、最近は4色型も存在するのではないかとも言われています。
霊長類の研究から、色覚の多様性には意味があるのではないかと考えられるようになりました。
2色型、これはヒトではかつて「色盲」「色覚異常」と呼ばれてきました。
その存在の割合(男性の約5%、女性の0.2%)の多さから「異常」とすることに疑問の声がありました。また、白黒の世界にいるわけでもないのに「色盲」と称することに異議を唱える声もたくさんあったのです。
研究では、2色型色覚が3色型色覚よりも見分ける能力に得意な分野があることが証明されたのです。
多くの人(3色型)にも少数の人(2色型や異常3色型)より得意な部分があります。
それぞれに得意な部分があるということです。

 

 

縛られた価値観からの解放

わたしたちは、少数派の色覚の持ち主は「異常」であるというとらえ方は間違っていると思いますし、その表現を使うことは適切ではないと考えます。
少数派色覚の人は、多くの人にわかりやすい色表示がわかりにくいなどの不便な面が全くないわけではありません(全くないと主張するくらいの違いしかない方もたくさんいますが)。
しかしそれは、多くの人を基準にした色づかいや色のネーミングなどによるもので、自然界の中で不都合があるわけではありません(もし不都合があれば少数派の色覚を持つ個体が自然界で生きのびることはできないはずで、淘汰されていくのが自然の摂理だからです)。
「あんな簡単に読める検査表が読めないことは大変なこと」と思われる多数派色覚の人もいるでしょう。しかし、多数派を基準としたもので少数派に読めないものがあるのは当たり前のことなのです。
高い棚の上にあるものを手で下ろすのは、背の高い人が得意でしょう。しかし、それだけの理由で背の高い人が優れているとはいえません。低い所の作業は、背が低い人の方が得意なことだってあるはずです。
一つの尺度だけで優劣をきめてはいけないのです。
一つの尺度に縛られた価値観を捨て去り、色覚の多様性を理解すべきなのです。

 

 

少数色覚という表現

わたしたちは、色覚の違いに関する問題(色覚問題と称しています)は多数派・少数派の数に起因する問題が根本にあると考えています。
確かに「見え方」や「感じ方」に差異はありますが、それが「困る」か「困らない」かは、わたしたちの社会のありように原因があるのではないでしょうか?
高いところに手が届かない人には、踏み台を持ってきたり、必要なものを代わり取ってあげたりすることがわたしたち人間にはできるのです。
正しい理解と助け合い協力し合うことで克服できる差異が色覚多様性なのです。
それができるからこそ、霊長類の一部に色覚多様性が与えられている、そうわたしたちは考えたいと思っています。
わたしたちは、そういう思いを持って「少数色覚」「多数色覚」という表現を用いています。

「はじめて色覚にであう本」巻末に掲載した分類表
©しきかく学習カラーメイト2017