Q6 少数色覚は治療で治るのですか? 色覚を矯正するメガネもあると聞きましたが?

 

お答えします 「治療」という言葉も「矯正」という言葉も
       少数色覚にはあてはまりません。

 

 

★ ひところハリや電気刺激などにより「色覚異常を治します」という宣伝が出されたり、全国の学校にも治療のパンフレットやビデオなどが送付されたりしたことがあります。そのため、少数色覚は治療できるものと信じた人がたくさんいました。
 日本では明治時代から「治療」や訓練で少数色覚を治そうという試みが行われてきましたが、これまで治療の効果が科学的に証明されたものは一つもありません。

 

 

 

★ 少数色覚が「治る」か「治らない」かを考える前に、進行性でもなく、生まれ持ったものである少数色覚が「治る」とはどういうことを意味するでしょう。
 ◎「治る」とは、検査表が読めるようになるということでしょうか?
 ◎多数色覚の人と同じ見え方になるということでしょうか?
 前者で考えるならば、「少数色覚だと『色覚検査表が読めない』」ということがまちがった認識だと気づいてください。「検査表が読める」ことと「色覚が多数派である」ことは別のことです。

 

★ 色覚検査表は、ちょっとした照明のちがいでも見え方がちがって感じるほど微妙な色を使っています。検査では、各ページごく短い時間しか見せてくれません。その短い時間に読み取れるかどうかを試されるのが検査表です。つまり、繰り返しこの検査表を見たり、その仕組みがわかってくると、次第に「読める」ようになる場合があります。
 保護色の昆虫などを一度見つけたあとは比較的容易に発見できるのと似ています。つまり、読めなかった表が読めるようになったとしても「治った」ことにはなません。

 

★ 後者の「多数色覚の人と同じ見え方になった」という状態は確かめようも証明のしようもありませんし、それを断定できる検査方法もありません。
 もし、何らかのことが原因で錐体の種類が増え(2色型色覚が3色型色覚になる)たり、錐体の感覚が変化した(異常3色型色覚が単なる三色型色覚に変わる)とすると、遺伝子そのものが変化し、体の中の新しい細胞の生産過程が変わったということになります。刺激や訓練で遺伝子が変化することは現代の科学では考えられませんし、あったら大変なことです。
 つまり、「治る」「治らない」という言葉は、少数色覚にはあてはまらないのです。

 

★ ただし最近、遺伝子治療で少数色覚を多数色覚に変えようという試みが研究されているという報道もあります。近い将来、ヒトの色覚を変えることが可能になるかもしれません。しかし、私はそれを【希望あること】ととらえられません。むしろ恐ろしい研究に思えてなりません。多様性の一つに大きな価値観を置き、人体改造をすることが推奨されるような社会になることが科学の進歩とは思えないのです。

 

★ 次に「色覚を矯正するめがね」についてお答えします。
 よく受験の参考書などに、赤い半透明のプラスチック板を重ねると、赤い文字が消えて(目立たなくなって)他の色の例えば黒い字だけが見えたりするものがあります。同じ理論で、少数色覚者が区別しにくい石原式検査表を赤いフィルターを通して見ると、赤以外の色が強調され、それまで判別できなかった表が読めたりします。
 私が少数色覚の人にそれを試してもらったところ、多くの人が「えっ」と驚きます。なかには「生まれて初めて検査表が読めた・・・」とつぶやいた初老の男性がいました。これが色覚矯正めがねの仕組みです。色のついためがね、いわゆるサングラスの一種と考えてもいいかもしれません。

 

★ 色覚検査表を読み取るだけの目的ならば、100均でも売っている赤や緑のプラスチックを使えば可能です。
 しかし、当然読み取れると同時に、赤いフィルターを通して見える世界はすべて赤っぽくなります。このめがねを通して見た世界はそれ以前と比べ「鮮やか」に見えるようになったという体験談も耳にしますが、それまで似たように見えていた色が明確に区別できるようになるのですが、(すべて赤っぽく見えるなど)ほかの色を犠牲にした上で見分けているわけなので、矯正したことにはなりません。そのため、最近では「補正めがね」という言葉で販売しているようですが、原理は同じです。

めがねの疑似体験シミュレーション映像です。少数色覚者がそのままでは読めない数字が赤いフィルター越しだと見えてきます。
微妙な色合いで、表示する画面によってはわかりにくいかもしれません。必要に応じて画面の色や明るさなどの調整をしてください。
また、すべての少数色覚の方に対応するとは限りません。
繰り返しループ再生していると、フィルターを通さずに「数字が見える」ようになることもあります。

 

★ ちなみに日本では「色盲」が知られるようになった明治時代初期には、赤色のガラスを通して見ると「色盲」でも検査表が読めることは知られていました。日本近代眼科の父といわれる河本重次郎は1909(明治42)年刊の「眼科学」に「色盲の療法」として次のように記載しています。

 

 

 フキシンとは紅紫色のことです。「赤または赤紫色のガラス板を通して見ると色彩に差ができ錯誤を防ぐことができる」と書かれています。
 この「色つきめがね」が、1本数十万円で売られていたこともありました。このQの冒頭に掲げた本に多くの人が振り回されていた頃のことです。弱者につけこんだ詐欺行為とも受け取れます。しかし現在でもネット上では「色つきメガネ」は多く販売されいて、なかには理解ができない色でつくられているもの、安価なものもあればとても高価なものまであります。
 そもそも、少数色覚でもさまざまな多様性がありますから、1本のめがねがそれをすべてカバーすることは不可能です。

★ めがねをすべて否定するつもりはありません。近視では度数によりレンズを変えるように、色合いを変えて少数色覚者個々のちがいに対応するように作られているものもあります。そうしたものを利用して、どうしても仕事上細かい色を見分ける必要があって補正めがねを使う人もいます。それはそれで便利な品物です。

 

★ 一方、こんな点には注意が必要です。
 現在、ビルなどに巨大なテレビが映っていることがあります。私の経験では、その画面を補正めがねで見たところ「画面全体が真っ赤一色」になったことがあります。人工の発光色はヒトに物体色と同じように色を感じさせるようにつくられていますが、波長は異なります。ですから、補正めがねをかけると思わぬ変化をすることがあるのです。
 特に車の運転はとても危険です。なぜなら、目立つはずの赤信号が目立たなくなる可能性がとても高いからです。
 補正めがねは、かけた人に都合がよい変化だけをしてくれるわけではありません。そのしくみを理解し、うまく使いこなすことが大切です。